評価したがる人たち
ミシュランが日本料理屋の評価をして、☆をつけた。
誰が☆をつけたのかはわからない。なにをもって、その☆をつける人間を選んだのかもわからない。
もしかしたら、適当な評価ができる能力を持たない人間が審査しているかもしれない。
匿名ゆえに、普段の料理、サービスを評価できるものの、審査する人間の資質わからないというリスクは、つきまとうのだ。
昨今、ブログを書く人が増えた。
食べたものや、読んだ本、観た映画を評価したがる人も多い。
好きだとか、好みじゃないとか、○○円は高い!という主観で書くのはいい。お金を払って食べたり、読んだり、観たのだ。美味しくなかった!という感想もあってもしかたがない。もちろん、書いたことで、その反論されることまで想定しての話である。
しかし、いっぱしのグルメのつもりでも、まだまだ未熟な舌しか持ち合わせていない自分の「小さな物差し」で計って、評価するのは失礼というものである。
素人がプロを評価することのおこがましさ、厚かましさに呆れる。
☆などつけて、ミシュランの審査員にでもなったつもりなのだろうか。
匿名で、自分は安全地帯にいて、人様を評価する。
こういう呆れた人間が増えた。
評価できるだけの人間なのか?
まず自分の問うてみてはどうだろう?
そう書いても、「私は違う」と思う人は、なにも書かないほうがいい。
自分以外はみんな馬鹿。
そんな本があったが、いま自分が賢いとか、間違っていないと勘違いしている小さな物差しで世間を測る人間があまりにも多い。それがとても怖い。


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